【対談】大学発ベンチャーの成功へ向けて 〜研究成果を社会実装へ導くために〜 /株式会社ヘルスクリエイト
近年、日本国内でも「大学発ベンチャー」が注目を集め、各地で支援の枠組みや投資が増えています。一方で、起業後に軌道に乗せるまでには数多くの壁があり、多くの研究者・起業家が苦戦しているのも現状です。
その中で、大阪大学の萩原先生が立ち上げられた株式会社ヘルスクリエイトは、技術力を強みに着実に成果を上げ、社会実装に近づいている大学発ベンチャーのひとつです。今回は先生のご経験から、研究成果をビジネス化し、社会実装を実現したいと考える研究者や支援者へのヒントを伺いました。
企業紹介
株式会社ヘルスクリエイト。2022年設立。代表を務める萩原圭祐氏により、2013年から日本の基幹病院で初となる「がんケトン食療法(※1)」の臨床研究を進め、その成果を2020年に報告、国内外で反響を呼ぶ。「がんにおける食事療法の開発」として、米国・シンガポール・日本で特許を取得。研究成果の社会実装を目指し、2022年11月に大阪大学発ベンチャーとして設立。2025年4月から、大阪うめきたにあるイノベーション施設JAM-BASE(※2)へ移転し、本格的な社会実装を目指している。
※1 ケトン食とは、糖質の摂取を制限し、中鎖脂肪酸を中心とする脂質を摂取し、糖質の代替エネルギーとなるケトン体を誘導する食事療法のことを指します。
※2 JAM-BASE公式サイト:https://umekita.com/jambase/
ケトン食療法研究との出会い
大島:萩原先生、本日はよろしくお願いします。
萩原:よろしくお願いします。

大島:早速ですが、まず先生がケトン食療法に取り組み始めたきっかけを教えていただけますか。
萩原:がん患者さんからの相談が増えて、何か新しいアプローチを探していた2012年頃に、ケトン食療法を知りました。たまたま、大阪大学に小児の難治てんかんの患者さん向けにケトン食療法を実践されている先生方がいて、その先生方に詳しくお話を伺えたことがきっかけです。
私のところに相談に来る患者さんは、もう標準治療をやり尽くした方ばかりでした。手術も終わっている、抗がん剤も放射線も効かない。正直かなり厳しい局面で「他に何か手立ては無いでしょうか」と来られるのです。
そのような中で「食事でできることはないですか?」と聞かれることが、とても多くありました。当時はちょうど糖質制限が話題になりはじめた時期でしたので、私も患者さんに糖質制限を試していただいたことがあります。長年診ていた患者さんが、進行した乳がんになり、糖質制限に取り組んでいただいたのですが、全く効きませんでした。正直「やっぱりそうだよな」と思いました。ケトン食療法を知る前は「やはり食事療法では限界があるのかな?」と、私自身確信が持てない状況でした。
そのような中、先ほど申しましたようにてんかんの患者さん向けにケトン食療法を実践されている先生方がいらっしゃり、詳しく調べていくうちに、私のがん患者さんにもケトン食療法を試してもらいたいと考えるようになりました。それが転機でした。
はじめは管理栄養士の先生から、「ケトン比はどう設定するんですか?」「がんの患者さんに効くか分からないのに、いつまでやらせるのですか?」「子供と違って、大人はケトン食には満足できないですよ」などと指摘を受けましたが、「いや、わからないから研究する価値がある。」という気持ちで、倫理委員会の承認を得て、2013年から実施することになりました。すると、最初のケースで大きな臨床効果が出ました。
その患者さんは、進行肺がんで脳転移までしていた方ですが、ケトン食療法を試した結果、一度寛解され、その後10年近く生きられました。これは衝撃でした。
ケトン食に出会う前の私は、正直食事療法でがんが良くなるとは、本気で思えませんでした。がんの四大療法である「手術・抗がん剤・放射線・免疫療法」が “正攻法”という感覚が染みついていましたので、「食事で少しでも良くなればいいな」というのが本音でした。しかし、私の意識は大きく変わることになるのです。
大島:それをきっかけに、ケトン食療法を本格的にやっていこうと決意されたのですね。
萩原:そうですね。その後私たちは臨床データを積み上げ、2015年には日本癌治療学会で発表しました。その反響は大きく、そこから「ケトン食」というのが一般的に広がるようになってきました。
その後も症例を重ね、ステージⅣの様々な進行がんである55例の患者さんが参加されました。評価可能であった37例を対象にデータを解析し、2020年に、一部で劇的な効果を示す患者さんもいる有効性を論文として発表しました(※3)。観察期間も延長し、2023年にケトン食の長期延命効果も報告しました(※4)。これらの論文は世界的にも読まれて、ボストン大学の学生さんから「講義で論文が紹介されました」というメールまで届きました。
大島:海外からの反響もあったんですね。
萩原:その後、2022年に特許も取得できましたし、NHKの科学番組で取り上げていただいたこともありました。研究者としては、エビデンスを示すところまではやり切った、という感覚でした。
研究の「その先」にあった壁 ― 社会実装の難しさ
大島:研究自体はエビデンスも取れて非常にうまくいき、論文も評価されたということでケトン食療法を世の中に出していこうと思われたのですね。
萩原:そうですね。ケトン食療法が「効いている」ことをデータとして示し、論文を出した。特許も取れた。そこから先は、患者さんに届ければいい──と思いますよね。でも現実はそう単純ではありませんでした。
大島:何か壁があったのでしょうか。
萩原:いざケトン食を実際に商品として患者さんに広く届けようとすると、何故か急にハードルが上がるんです。
メーカーさんとのお話もありましたが、「がん患者さん向けにそれを売って本当に大丈夫なんですか?」「がんに効く、と言ってしまったらダメですよね?」と。そういった話が一気に出てくる。
もちろん、医療・食品のレギュレーションがあるのは分かります。ただ正直に申し上げると、世の中には科学的な根拠が伴っているか不明瞭な民間療法も山ほどあって、がん患者さんたちは代替療法に毎月平均で57,000円支払っていると言われています。
研究者として冷静に見たときに、がんの代替療法で「これは効いている」と断言できるものは圧倒的にケトン食療法でした。自分たちがきちんと管理しながらやってきた“がんのケトン食療法”が、明らかに他と違う結果を出していて、論文も出し、特許も取得している。その一方で、いざ社会に出そうとすると、メーカーをはじめとした関係各所は、その販売や効果の訴求に対して慎重になり、及び腰になる空気を感じました。こうした、社会全体に広がる慎重な空気感とのギャップが、特に大きかったですね。
研究成果がどれほど優れていても、商品化となると世間に受け入れられなければ意味がありません。患者さんに“届ける”ためには、事業化という別のステージが重要であると痛感しました。これ以上は商業ベースでエビデンスを高めるフェーズに行かないと難しいなと感じました。
起業を決意した「共感」や「応援」の力
大島:その後の事業化へのきっかけはクラウドファンディングも大きかったとお聞きしました。
萩原:はい。当時、別件の研究費を集めるためにクラウドファンディングを立ち上げました。そこで患者さんやご家族をはじめとした多くの方々が支援してくださりました。
普段大学にいると、自分がやっている研究の価値はほとんど実感できません。家に帰って「こんな成果があった」と熱く話しても「ふーん。で、早くお風呂入って」という反応になる(笑)。普段は手応えがほぼないんですよ。
でもクラウドファンディングでは全然違いました。「あ、こんなに喜んでくれている人がいるのか」と肌で感じることができました。特に驚いたのは、ケトン食を実施していたある患者さんが、亡くなる前に「先生の研究を応援したい」と遺言を残され、ご遺族の方が代理でご寄付くださったことです。本当に驚きましたし、感謝の気持ちに溢れました。その他にもたくさんの患者さんから、ご寄付をいただきました。
患者さんからの感謝の想いを実感して、「先生応援してるよ、がんばってや!」そんな風に患者さんから背中を押されたように感じました。この“応援”が、会社をつくろうというところまで私を押し上げました。
大島:そこにアンメットニーズが確実にあるということを先生は感じていらっしゃって、しかも色々応援してくれる人がいることを目の当たりにした。じゃあ私がやるべきだということで会社を立ち上げるという行動に起こした訳ですね。
萩原:はい。ただ、実際に会社を作るとなると、現実の手続きは想像以上に煩雑でしたね。
大学発ベンチャーを立ち上げるには分厚い申請資料が山ほど必要。定款がとにかく重要。登記が必要。司法書士や税理士の先生も必要です。知財の扱いも整理しないといけない。そんなことはどこの本にも書いていないですし、誰に聞けばいいかもわからないという状態でした。
大島:経験されてみて初めて、最初の一歩の大変さを実感されたのですね。
萩原:そうなんです。ものすごく実務的なプロセスの壁が最初に立ち塞がるんです。実は大学発ベンチャーに必要な一歩目は、最初の事務処理でした。
ただ、ここでも“応援”の力に助けられました。研究会のつながりで司法書士の先生を紹介していただき、定款や登記をお願いできました。税理士の先生も、元々私の研究に共感してくださっている方が協力してくださいました。
大島:会社立ち上げに協力してくださったのは「共感して集まってくれた方」だったのですね。
萩原:はい。これはすごく大きかったですね。そもそも、応援・共感をしてくれる人が集まらないようであれば、スタートアップの立ち上げは難しいと思いました。
会社自体は2022年11月に設立しましたが、最初から完璧な体制だったわけではありません。ただ、「これはやるしかない」という覚悟と、それに共感して動いてくれる人がいた。それがすべてのスタートでした。
ABCの考え方──「伝わる形」にしないと共感は続かない
大島:本日は先生の大学発ベンチャー成功の考えの基礎になるフレームをお持ちいただきました。
萩原:私は、自分のやってきたことを振り返ると「ABC」という土台があったと思っています。

A「Ambition(目標達成や成功への強い意欲)」は、研究者・医師の方々は皆さん持っていると思います。ただ、事業化という点ではそれに加えてBとCが必要になるのかなと感じています。
B「Bridging(異なる分野とのビジネス連携) / Branding(研究価値を明確に伝えるブランド構築)」、 “橋渡し”と“伝え方”は本当に重要です。私も含め、研究者はどうしても講義口調になってしまいます。「そもそもこれは何か」みたいな定義を長々と話したり…。
でも世の中の人が求めているのは講義ではなく、「こういう患者さんがいて、こう変わったんですよ」と誰もがイメージができるような、いわゆる雑談です。外の人に伝わる形にすることは研究の社会実装を実現させるための大事な要素の一つだと思います。
C「Core」は、Core Value(根底にある価値観や理念、技術)・Core Member(核となる人材)・Core Budget(最低限の予算)の三つです。
私の場合、まず会社のコアバリューがあり、それに賛同して動いてくださる管理栄養士の先生や日々の患者さんのフォローを担う事務の人たち、さらには士業の先生方といった“核となる人材”を集めました。そこに、事業を回していくために必要な最低限の資金を確保する。そのように三つのコアを構築することで、ようやく会社として回り始めました。
大島:先生にとって、コアバリューはどんなものに固まったのでしょうか?
萩原:会社のビジョンとして「健やかで幸せな日常をみんなのものに」という言葉を掲げています。
今普通に毎日を暮らせている、この瞬間も、自分自身や大事な人ががんを患ったり入院したりすると、一瞬で崩れてしまいます。みんなで一緒にご飯を食べて「今日はこんなことがあった」という話をして、そんな風に楽しい毎日が送れることが、実はものすごく幸せなことなんです。そんな“当たり前の毎日”が崩れた患者さんやご家族をたくさん見てきました。
ケトン食療法は、あくまで解決方法の一つであって、患者さんやご家族が求めているものは大事な人とのかけがえのない時間です。ごく普通の日常を取り戻すために強力にサポートしていく。そこが我々のコアバリューになります。
大島:そうですよね。「ごはん美味しかったね」「早くお風呂入りなさいよ」といった他愛のない日常のやりとりの大切さが根幹にあるということですね。
萩原:はい。それがコアバリューにつながるわけです。私の場合はBの「ブランディング」を深めていくことで、Cの「コアバリュー」が明らかになっていきました。会社のブランディングを突き詰めることが研究の価値の明確化に繋がり、研究の価値が明確になると他の分野とのビジネス連携もしやすくなります。
これらの作業が非常に大切なんですよ。
大島:実際に直面しなければ、なかなかピンとこないですよね。
萩原:ブランディングの部分に関しては、先ほどのクラウドファンディングを見た方のご縁から専門の会社さんとつながって、ブランディング作業に力を貸していただきました。
弊社の企業ロゴは、「ハートマークの中の矢印が、落ち込んだあと上がっていく」というデザインになっています。10何種類の図案をいただきましたが、「これなら説明しなくても“回復する”ということが伝わるな」と。難しい話をしても、なかなか伝わらないのが実情ですからね。

大島:「Core budget(Core Value・Core Memberを支えるために必要な予算確保・予算配分)」と書いていただいているように、事業化には費用の工面も重要ですが、研究者や医師の方にとって、金融機関とのやり取りやピッチは、ハードルが高いと感じる人も多いと思います。そこはどう乗り越えたのでしょうか?
萩原:ピッチの場でいきなり「私は医師で〜」と話しはじめても、共感はあまり得られません。
私は、“医者だから” “研究者だから”を外して話をしました。自分のバックグラウンドを長々と説明しても事業のビジョンは伝わりません。聞き手が知りたいのは「それは誰をどう喜ばせるのか?」「どんな人が実際に救われたのか?」という視点の話です。
つまり肩書きではなく、価値=コアバリューを語ること。その価値がどんな風に目の前の生活を変えるのか、日常を取り戻せるのか、そこに集中して話したほうが金融機関の方にも響くと感じています。やはりここでも講義にならないようには気を付けましたね。
ABCの先にある「4C」。実装を前に進める現実要素
大島:このABC(A:Ambition、B:Bridging / Branding、C:Core Value / Core Membe / Core Budget)が固まり始め、次に必要になるのはより現実的な要素であり、先生はこれを「4C」と表現していますよね。

「Consultant」―― 外の視点を入れると速度が上がる
大島:外部の専門家や金融機関の方々とはどのように出会われたのでしょうか。
萩原:イノベーション施設「JAM BASE」に入居して、多くの方々との良い出会いがありました。運営側の方からのご厚意で、「萩原さんには、この方とぜひお話をしてみてほしいです」と金融機関や専門家を紹介していただけますし、毎月の交流会でも出会いがあります。
大学にいるときは「また来月」というペースで、すぐに数カ月経過していたような話が、ここでは1週間で動くようなスピード感に変わりました。
金融機関と早い段階から話ができたのも非常に良かったなと思います。事業計画・資本計画・予算計画の設計が重要ですが、ここはやはりプロと相談しないと進められません。金融機関の方は融資をする以上、リスクを一緒に背負う立場なので、真剣に向き合って下さるのを感じました。さらに税理士の先生とも相談しながら進められましたので、やっと経営者のヒヨコぐらいにはなれたと思います。
その道の専門家に時間を作ってもらう中で、自分も本気度が増してきますし、やはり各専門家の意見や見方があるので、非常に勉強になりました。
大学には社会を根底から変えるポテンシャルを持つ技術が数多く眠っています。しかし、それらを社会実装へと導くための「Consultant」のような専門家のサポート体制が、大学内ではまだ十分ではありません。本来、大学発の技術こそがイノベーションの主役になれるはずです。だからこそ、研究者が安心して事業化に専念できるよう、士業をはじめとした専門家によるサポート体制を仕組み化し、大学発ベンチャーが主役となれる環境を整備することが不可欠だと痛感しました。
大島:外部の専門家に協力していただいて良かった点はどのようなことでしょうか?
萩原:一番は専門性です。高い専門性を持った方をスタートアップ企業がいきなり雇用するのは難しいですし、いざ採用して合わなかったときのリスクもある。そう考えると、プロジェクト単位で専門家の知見を活用できるのは非常にありがたいなと感じました。
大島:弊社RDサポートのプロ人材活用サービス「RD LINK」もご利用いただきましたが、社内やチームでの変化はありましたか。
萩原:メンバー全体の知識レベルが底上げされましたね。実際に当社の栄養士の方も「こういう見方もあるんですね」と、気付きや学びが多かったと言っていました。
大島:それは非常に良かったです。ありがとうございます。
「Customer」―― 顧客視点が研究を研ぎ澄ます
萩原:顧客を具体的に思い浮かべると、研究の見え方も変わってきました。研究は頭で考えがちですが、顧客を考えるとそこに本当に必要なものがありますからね。
ピッチイベントに出ると「ケトンってまずいんでしょう?」とストレートに言われることがあるんです。すごくショックでした。こっちは「いや、そこそこ美味しくなってきてるんだけどな」と思っていたのですが、世間から見えるイメージは「美味しくない」でした。
そこで、「いや、美味しいですよ」と言い張るのではなく、普通に“美味しいと言ってもらえるレベル”にまで上げにいきました。ケトン体とMCTオイルを組み合わせた新たなケトン補助ドリンク、ケトン食用のフリーズドライやお弁当の開発など、「美味しくて・体にいい」ものとして設計し直しました。
大島:消費者視点の声を、商品開発や研究に活かせるわけですね。
萩原: 「Consultant」「Customer」どちらも共通していますが、「意思をもって外部と接すること」が重要ですね。専門家に会ったり、外部の人のストレートな意見を聞くことで、本当に視野が広がります。今は、研究者の道を選ぶとその後のキャリアとして選択肢が少ないというのが現実ですが、もっと人材の流動性は必要だと感じています。
大島:弊社のサービス「RD LINK」も、まさに研究者の方や理系技術職の方がもっと外に出て活躍できるようなサービスを行っています。
外に出て顧客や外部の方々に出会い、市場と接することによって、「市場や顧客はこういうものを求めているんだな」ということも勿論分かりますし、少し批判的な声も、自分の意思で求めに行った意見であればフラットに一意見として取り入れることができますよね。
萩原:そうですね。結局事業のスケール化は自分一人の頭では考えて作ることができません。金融機関や専門家の方との話の中で「ここだったらスケール化できませんかね?」という提案もいただけますし、外に出て意見をもらうことは本当に大切だと感じています。
大島:いろいろな方との対話の中で、先生のアイディアが変化して固まったり、そこにまた様々なアイディアが追加されて、変化を繰り返していくという感じですよね。
萩原:そうです。そのような変化というか進化が雑談の中でも生まれていくのかなと思います。
「Compliance」――資本計画は「命綱」
萩原:資本計画は必ず理解しておくべきです。会社が知財を持つ構造になると、その知財は会社のものになります。つまり、自分が会社の経営権を持っていなければ、会社に知財を渡した瞬間にその知財は自分のものではなくなります。株主の保有比率や経営権の配分をきちんと設計しておかないと、どんなに優れた知財があっても手元に残らないですからね。
大島:医師や研究者の中には知財に詳しい方もいますが、不得手な方も多いですよね。
萩原:私は複数の知財の出願経験があります。ただ、会社にとっては知財よりも商標の方が重要になる場合もあると思いますね。幸いにも、お世話になっている弁理士の先生からのご縁で商標登録の専門家の方もご紹介いただけましたが、商標の扱いは本当に注意が必要だと感じています。
大島:弁理士の先生など専門家に相談しながら実務で学んでいく、という形ですね。
萩原:そうです。やはりそれがとても重要ですね。事業を進める上で、抵触に当たる部分がないかを確認したり、ケトン食療法への参加規約の作成にあたってもお力を借りました。
全部を自分だけで網羅することはできないので、外部専門家に助けてもらいながら整備していくのが現実的です。
ただひとつ注意が必要なのは、「この人に任せておけば大丈夫そうだから」と、よく分からないまま話を進めてしまうのは非常に危険です。正直全員が本音で話しているとは限りません。なので私は、ひとつのチャンネルだけで意思決定しないようにしました。Aさんにこう言われたら、Bさん、Cさんにも聞く。司法書士・税理士・弁理士・弁護士、金融機関、それぞれの視点を持っておいたほうがいい。これは何度も私自身を助けてくれました。もしあのとき一つのチャンネルだけを信用していたら、今こうしてお話しできていなかったかもしれません。
「Category Creation」――新たなカテゴリーの創出

大島:Category Creation 「研究が生み出す新たな市場やカテゴリーの可能性を示し、ワクワク感で新たな仲間を集め、らせん状の成長を目指す」とありますが、この考えに私自身も共感しました。
萩原:大学発ベンチャーの立ち上げとして、ABC(Ambition、Bridging / Branding、Core Value / Core Membe / Core Budge)で基礎を固め、研究が生み出す新たな市場やカテゴリーの可能性を示し、それを軸に仲間を集め、ワクワク感を作り出しながら、らせん状の成長を目指すのがCategory Creationです。この動きを進める中で、サービス・商品として社会へと展開し、最終的には自分たちが挑むカテゴリーを新規創出していく、という流れです。これが研究を社会実装していくための流れだと考えています。
研究の社会実装を目指す研究者へのメッセージ
大島:最後に、これから同じように「研究を社会に届けたい」と考えている研究者の方へ、何かメッセージをいただけますか。
萩原:そうですね。まずはぜひ外に出てみて下さい。悩んでいる方ほど、良いものを持っているはずなんです。「このままでいいのか?」と引っかかっているその感覚こそ、社会がまだ満たしていないニーズ=アンメットニーズに触れている証拠です。そういう方たちとつながれる場を、私自身も今いる拠点の中で作っていきたいと思っています。
今後の展望、社会実装に向けたビジョン
大島:今後のビジョンとしてはどのようにお考えでしょうか。
萩原:これまで「美味しいものは体に悪い」「体にいいものはまずい」というイメージがありましたが、私は「美味しくて体にいいもの」を産業化したい。エビデンスに裏打ちされた確かなものを提供していく産業です。
ドリンクやフリーズドライ食品、お弁当などの商品の開発も進んできましたし、まずはがん患者さん向けにケトン食を安定的に提供して、そこから徐々に一般向けや予防領域へスケールアップしていきたいと考えています。
美味しくて体にいいものを食べて健康になる。それが積み重なれば、結果的に患者さんが減っていくでしょうし、医療費や介護の負担が減って、みんなが楽しく暮らせる社会につながるはずです。みんなで、美味しいものを食べながら。
大島:本日はありがとうございました。先生のお話が、事業化を検討されている研究者の方の背中をそっと押してくれるはずだと感じました。私たちも、事業化に踏み出す研究者の皆さまへの支援を今後とも続けてまいります。

※3 「癌ケトン食治療コンソーシアム」研究成果 進行性がん患者で新しいケトン食療法による有望な結果:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200730_1
※4 進行がん患者の生存期間を劇的に改善:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230524_2